
二条駅を発車するキハ80系
特急「あさしお」 1979年撮影
特急「あさしお」は、1972年(昭和47年)10月2日ダイヤ改正でデビュー。当初はキハ80系で4往復が運行を開始しました。
1982年(昭和57年)7月1日ダイヤ改正で、伯備線電化により捻出されたキハ181形に置き換えられました。
その後、「急行白兎」の格上げなどで増発され、末期には京都〜米子・鳥取〜米子間快速の米子・倉吉・城崎・宮津線経由城崎・西舞鶴間に各1往復の計6往復が運転されていました。
1996年(平成8年)3月、園部〜綾部・北近畿タンゴ鉄道の福知山〜天橋立間電化完成により廃止され、京都発山陰線特急は、電車特急「きのさき・はしだて・たんば」が新設されました。
編成両数は、1982年(昭和57年)7月1日ダイヤ改正時点で8両編成、1986年(昭和60年)3月14日ダイヤ改正時点で7両編成、末期は基本5両編成と短縮されてゆきます。車両の所属は向日町運転所と米子運転所の車両が使用されていました。
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旧線時代の保津峡駅 キハ181形
特急「あさしお」 1988年
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久谷駅を通過する キハ181形
特急「あさしお」 1985年
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倉吉駅に停車中のキハ181形
特急「あさしお」 1984年
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城崎駅に停車中のキハ181形
特急「あさしお」 1985年
1985年(昭和60年)3月ダイヤ改正から、絵文字入りヘッドマークになりました。
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豊岡駅に到着するキハ181形
特急「あさしお」
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天橋立駅で入換え中のキハ181形
特急「あさしお」臨時列車 1985年
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天橋立付近を走るキハ181形
特急「あさしお」 1985年
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馬堀〜亀岡間を走るキハ181形
特急「あさしお」 1986年
先頭車は中間車のキハ180から先頭車改造されたキハ181-101です。
オリジナルのキハ181とは、正面窓のガラス押さえが金属押さえ、トイレ・洗面所付き、機械室が短い、電源用エンジンが異なるなどの違いがあります。
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特急「あさしお」側面幕
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キハ82形「特急はまかぜ」 姫路駅 1979年撮影
現在も播但線経由で大阪〜鳥取・浜坂間を結ぶ特急「はまかぜ」は、昭和47年3月15日の山陽新幹線岡山開業と同時に登場しました。
当初は大阪〜鳥取・倉吉間に各1往復の2往復が設定されました。
1982年(昭和52年)7月1日ダイヤ改正で、伯備線電化により捻出されたキハ181形に置き換えられました。
宝塚〜城崎間の電化が完成した1986年(昭和61年)11月1日ダイヤ改正では、急行「但馬」1往復が格上げされ3往復になりました。
この改正では、「まつかぜ」廃止により運転区間が延長され、新大阪・大阪〜鳥取・米子・倉吉間の運転です。
智頭急行線が開業し、特急「スーパーはくと」が運行を開始した1994年(平成6年)12月3日ダイヤ改正では、1往復が臨時格下げされ、運転区間も大阪〜香住・浜坂・鳥取に短縮されました。
1996年(平成8年)3月改正では、急行「但馬」1往復が格上げされ、再び3往復になりました。
現在、城崎〜鳥取間を走る特急は、この「はまかぜ」と寝台特急「出雲」のみになってしまいました。
編成両数は、1982年(昭和57年)7月1日ダイヤ改正時点で6・8両編成、現在は京都総合運転所所属車で基本4両編成で運転されています。
1994年(平成6年)12月3日ダイヤ改正までは、米子運転所の車両も使用されていました。
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浜坂駅に停車中のキハ181形
特急「はまかぜ」 1986年
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石生駅を通過するキハ80系 特急「まつかぜ」 1985年
山陰線で一番最初に登場したのが特急「まつかぜ」です。
1961年(昭和36年)10月1日ダイヤ改正で登場しました。当初の運行区間は、京都〜大阪〜(福知山線)〜福知山〜松江間です。
1964年(昭和39年)3月20日ダイヤ改正では、松江〜博多間を延長、京都〜博多間を13時間25分で結びました。
1965年(昭和39年)11月1日ダイヤ改正では、新大阪〜(福知山線)〜福知山〜浜田間を結ぶ特急「やくも」が登場、1972年(昭和47年)3月15日の山陽新幹線岡山開業時には「やくも」の名称は、伯備線に新設された特急に名前を譲り、「まつかぜ」は新大阪・大阪〜鳥取・博多間各1往復の計2往復になりました。
1982年(昭和52年)7月1日ダイヤ改正で、大阪〜米子間の「まつかぜ3・2号」が、伯備線電化により捻出されたキハ181形に置き換えられました。新大阪・大阪〜博多間の「まつかぜ1・4号」は食堂車付きで、山陰最後のキハ80系列車として存続しました。
しかし1985年(昭和60年)3月ダイヤ改正では、新大阪・大阪〜博多間の「まつかぜ1・4号」は米子で列車系統が分割され、2往復とも新大阪・大阪〜米子間となり、米子〜博多間は新設の特急「いそかぜ」になりました。
山陰からキハ80系は姿を消しました。
宝塚〜城崎間の電化が完成した1986年(昭和61年)11月1日ダイヤ改正で廃止され、新大阪〜城崎間の特急「北近畿」と、城崎〜米子間のキハ181系快速になりましたが、後者は既に廃止されています。
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城崎付近を走る、キハ181形
特急「まつかぜ」 1986年
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浜坂駅に停車中のキハ181形
特急「まつかぜ」 1986年
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浜坂駅を発車するキハ181形
特急「まつかぜ」 1986年
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居組駅を通過する特急「まつかぜ」 1986年
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米子駅を発車するキハ181形
特急「まつかぜ」 1986年
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香住駅で停車中のキハ181形
特急「まつかぜ」とDD51牽引客車列車 1986年
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岡山駅で停車中のキハ181系
特急「やくも」
特急「やくも」は、1965年(昭和39年)11月1日ダイヤ改正で、新大阪〜(福知山線)〜福知山〜浜田間を結ぶ特急として登場しました。
一方、伯備線経由の特急は、1971年4月に新設された特急「おき」が新大阪〜岡山〜米子〜出雲市間を結んでいましたが、1972年(昭和47年)3月15日の山陽新幹線岡山開業時に、特急「おき」の新大阪〜岡山間を廃止して3往復を増発、岡山〜出雲市間3往復、岡山〜益田間1往復の計4往復になりました。
当時の編成は食堂車を組み込んだ10両編成でした。
1975年(昭和50年)3月10日の山陽新幹線博多開業時には、2往復が増発されました。
1982年(昭和57年)7月1日ダイヤ改正では、伯備線・山陰本線(倉敷〜米子〜出雲市〜知井宮
現、西出雲)間の電化が完成し、381系振り子電車に置き換えられ8往復に増発、所要時間も岡山〜出雲市間で約30分短縮されました。
1994年(平成6年)12月3日ダイヤ改正では「スーパーやくも」も登場し、現在は「やくも」「スーパーやくも」合わせて15往復が運転されています。
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国鉄特急色時代の381系
特急「やくも」
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城崎駅で停車中の485系
特急「北近畿」 1986年
特急「北近畿」は、宝塚〜城崎間の電化が完成した1986年(昭和61年)11月1日ダイヤ改正で登場しました。
特急「まつかぜ」、急行「丹波」を置き換える形で、新大阪・大阪〜福知山・豊岡・城崎間に10往復が運転を開始しました。
車両は485系4・6両編成で、「くろしお」などから転用、1990年には交流機器を撤去して183系800番代になりました。
大阪発福知山線経由で城崎より先の非電化区間へ行く直通が廃止されたことから、特急「北近畿」に接続する城崎〜米子間にキハ181系を使った快速が設定されましたが短命に終わり、JR発足後は「エーデル鳥取」(新大阪〜鳥取)、「エーデル北近畿」(新大阪〜浜坂・福知山・東舞鶴)などが登場しましたが、1999年(平成11年)10月1日ダイヤ改正で廃止されています。
大阪発福知山線経由の特急は、現在は「北近畿」14往復、1996年(平成8年)3月、園部〜綾部・北近畿タンゴ鉄道の福知山〜天橋立間電化完成により新設された「文殊」(新大阪〜天橋立)、1999年(平成11年)10月1日ダイヤ改正で新設の、特急「タンゴエクスプローラー」が新大阪〜久美浜・宮津間に各1往復の計2往復、全部で16往復が運転されています。
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電化開業前に福知山線で試運転中の485系 1986年
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