一都物語トップページ京都バスの館トップページ資料編

大原線・小出石線・比良線の歴史

大原へのバス路線は、大正12年に”京都バス(株)”の前身の”洛北自動車(株)”(昭和元年”鞍馬自動車(株)に社名変更)により開通し、開業当時1日3往復運行されていました。また大正14年には、叡山電鉄(株)出町柳〜八瀬遊園間・叡山ケーブルが開業し、八瀬・大原への交通網が発達しました。

1946年8月には、嵐山バス(株)との合併により社名を”京都バス(株)”に改め、この時点の大原方面への路線は、八瀬大原大原途中間のみになっていましたが、1948年11月には三条京阪まで延伸、1950年7月四条大宮まで延伸され”いすゞBX91型”ボンネットバスが投入されました。

1963年には京都市バスも大原への路線が開業し、五条車庫大原勝林院間が開業しました。(のちに、四条烏丸市バスセンター大原間の62系統、末期には北大路バスターミナル大原北6臨北6系統)平成9年6月の地下鉄烏丸線国際会館延伸時の路線再編により廃止になりました。

大原は1949年まで”大原村”同年”京都市左京区”に編入されました。また、大原街道は1967年舗装完成、1971年大長瀬バイパスが開通し道路改良されました。

途中以北へは1961年3月に開通、葛川梅ノ木へのバスが開通しました。昭和40年代の京都バス路線は、四条大宮大原・小出石(1963年まで古知谷)間の大原1号系統(現在の17系統の前身)、京都駅大原間の大原2号系統系統が各40〜60分間隔(現在の18系統の前身)、八瀬大原間にも区間便が運転され、この区間では2〜10分間隔の頻度で運行され、昭和43年からはワンマン化されました。
1977年3月には、高野営業所管内路線に系統番号が付けられるようになりました。

1981年5月には、地下鉄烏丸線、北大路〜京都間が開通し、四条大宮大原間の路線は17系統京都駅大原間に変更されました。

1985年1月〜5月まで、源平800年記念キャンペーンの一環として、座席指定制の”大原女号”(京都駅〜大原)が運行、1986年11月には95系統「北山バーディー号」(大原鞍馬間)が、江文峠の道路開通により運行を開始し、マイクロ車により春分の日〜11月末までの日曜・祝日に1日3便運転されています。

1985年8月からは、小出石線大原小出石間で自由乗降の”メロディバス”を運行を開始し、平成2年1月3日までは大原乗り継ぎにより、大原小出石間はマイクロ車で運行されていました。

小出石以北の路線は、葛川梅ノ木行きの他、”途中線”北大路駅途中間の便が運転されていましたが平成2年1月に廃止され、”小出石線”北大路駅小出石間が開設されました。

比良線は平成10年3月、葛川梅ノ木朽木学校前間を延長し、それまでの冬季運休から毎日運行(2往復)になりました。
平成14年からは3月16日〜12月15日までの土曜・休日に、出町柳駅8:45分発臨時便で坊村ゆきが運行されるようになりました。

2000年1月の国際会館バスターミナル開業では小出石線1112系統が新設され、国際会館駅に立ち寄るようになりました。(土・休日の昼間は19系統国際会館駅大原間を運行)

2001年11月末には八瀬遊園地が閉鎖となり、12月9日限りで10時台〜16時台のバスが停車していた叡電八瀬駅前乗り入れは廃止となりました。また2002年4月1日より、八瀬遊園停留所は八瀬駅前に名称変更されました。

2002年6月16日には高野営業所管内でダイヤ改正が実施されました。
この改正では、小出石線、北大路バスターミナル〜国際会館駅間、11121314の各系統を廃止して、大原国際会館線19系統と統合されました。
改正後は19系統、国際会館駅〜大原・小出石間の運行で、京都バスの北大路バスターミナル乗り入れは廃止されました。

18系統の百万遍〜宝ヶ池間が経路変更されました。京都駅前〜百万遍〜出町柳駅〜(川端通)〜宝ヶ池〜大原を、京都駅前〜百万遍〜銀閣寺道〜(白川通)〜宝ヶ池〜大原に変更されています。
改正後は土休日ダイヤのみ運転になりました。

17系統、大原ゆきは、河原町三条→三条京阪前間を御池通から三条通に変更になり、三条京阪前は三条通北側17番乗り場(旧 三条大橋東詰)に停留所が変更されました。

平成19年2月17日、ダイヤ改正が行われました。
19系統 国際会館駅前〜大原・小出石は、国際会館駅前〜大原間が40分間隔、小出石ゆきは昼間は2時間に1本に減便され、通学時に1本だけ運転されていた一条山ゆきが廃止されました。
改正前は国際会館駅前〜大原間が30分間隔、小出石ゆきは1時間に1本程度運行されていました。